一の名前はいちばんのいち・と最初に言ったのは彼の祖母だという。



「青八木くんは、自分の名前、好き?」



 唐突な質問に、彼は目を丸くして瞬きを繰り返した。青八木くんは、言葉は少ない代わりに、瞳に感情を乗せるのが上手だ。おかげで、わたしにも少しなら解読できる。もちろん、テレパシーを使えるのではと噂される手嶋くんほど細かいコミュニケーションをとれるわけではないが。
 困惑の色を浮かべる彼に、弁解するみたいに両手を顔の前で振った。「ただの好奇心よ、深い意味はない」本気の質問ではない、と強調するために笑ってみたけれど、これは少しわざとらしかったかもしれない。
 わたしが脳内で自己採点を続けている間、黙していた青八木くんが初めて小さく口を開いた。

「……好きだから、名前に追いつきたい」

 誘導するような質問をしたくせに動揺するなんて、と自分でも呆れてしまう。それだけ彼の声で聴く“その言葉”には威力があった。落ち着け、と自分に言い聞かせつつ、返答の意味を咀嚼する。成程、『名は体を表す』ということわざがあるけれど。

「青八木くんは、名が表わす体になりたいのね。発想の転換ってやつだ」
「……、」
「気になっただけだよ、気分を悪くさせたならごめん」

 大丈夫、というように首を振って、青八木くんがわたしの頭をなでる。高さがちょうどいいらしく、時々こうして触れてくる手の温度が好きだった。

「俺の、何が気になったんだ」
「……今日はやけにぐいぐい来るね」
「はぐらかすな、

 ぐい、と覗き込まれて反射的に仰け反る。大きな目がまっすぐわたしを捕えていて、逃げ場がない。力なく白旗を振った先は、きっとうまいごまかし方を探して足掻いている自分自身だった。

「青八木くんは愛されてるなあって」

 薄い色の髪の向こうできょとんとした表情を浮かべる。間近にある綺麗な顔が心臓に悪い。

「すてきな名前をもらって、すてきな由来を教えてもらって、その名前を好きになれるって、ご家族が青八木くんを大切にしてる証拠でしょう。そういうところ、いいなって、常々思ってたから、」

 言いかけて、口をつぐむ。告白まがいの台詞を吐いてしまったことに気づいた頭に血液が集中した。赤くなっているだろう顔を伏せると、青八木くんの息遣いがやたらそばに感じられて、さらに恥ずかしくなる。

、」

 骨が太くて、豆だらけの、男子の手がわたしの二の腕を掴む。はっとして顔をあげると、彼と目が合った。口以上にものを語る、雄弁な瞳。
 止めるな、と彼が言っている。最後まで、洗いざらい、言ってしまえ。

(ずるい、)

「はじめくん、て、呼びたい」

 絞り出した声は泣き声にも似て弱弱しく、知らず唇を噛んでいた。青八木くんは、そんなわたしを見下ろして、なぜか満足げに頷いている。
 一本だけ、ぴんと立てた右の人差し指が鼻先に触れる。彼の口角は上がったまま、とんだ爆弾を投下した。

「いちばん好きだ、

 大きな手が腕から背中に回る。わたしはあらゆる言葉を飲み込んで、からだを包む彼の体温を感じていた。
 いちばんのいち・と最初に言った彼のおばあさんに、いつか会ってみたい、なんて脈絡のないことを考える。頬に触れる細い髪がくすぐったくて、思わず笑ってしまった。





少年一番星





いちばんのいち、と照れながらも言い切る青八木くんはとても男の子だと思います。
家族に愛されて育ったんだろうなあ、と考えるととても微笑ましいです。

2014.03.17 夏月