明日の試合の話をしながら、辰也の指はまた動いていた。銀色に光るそれをくるくると回しながら、彼自身は穏やかなトーンで言葉を紡ぎ続ける。蛍光灯の明かりに反射して、きれいに見えたそれには細かい傷がたくさんあった。 「辰也のそれって、癖なの?」 ふと口をついて出た一言に、驚いたのはわたしも同じだった。 話題転換がいくらなんでも唐突すぎる。彼の話を聞いてなかったように見えるんじゃないかと気まずくて、視線が泳いだ。 「それ、っていうと?」 両手を上げてホールドアップの体勢を取った辰也が、優しい声で返してくる。彼の問いかけはいつでもそうだ。促すように、導くように。そうして、わたしはいつも気づかないうちに一歩踏み出している。 ゆびわ、と短く答えると、彼の瞳が首から下がる銀色を見下ろす。先ほどまで触れていたそれを今度は意識的に取り上げて、辰也は整った顔に苦笑を浮かべた。 「……オレ、またこの指輪いじってた?」 肯定の意をこめて頷けば、彼が自然な動きで肩をすくめる。 「に話すのは初めてだっけ」呟きながら、指輪から離れた指が、ダイニングテーブルの上に投げ出されていたわたしの左手を絡め取った。 「このリングは、子供の頃に弟分と揃いで買ったものなんだ。いろいろあったけれど、オレの中で彼とバスケは切り離せないものだから、試合のことを考えると、つい触ってしまうんだよな」 「……初耳。紫原さんとは別の人?」 「うん、今はアメリカにいる。俺の目標は、ナショナルチームであいつと一緒にプレーすることなんだ」 辰也が口にした名前は、バスケについて勉強しはじめたばかりのわたしでもよく耳にするものだった。史上初、二人同時にNBA入団を果たした日本人選手の赤い方、と言えば、誰もがあの人かと頷くだろう。彼が私たちと同年代だとは知っていたけれど、辰也と親しい人だとは思わなかった。 口ぶりからして、きっと関係者なら皆知っているくらい、知られた話なんだろう。つないだ手の温度を感じながら、彼の胸元で揺れる指輪に視線を置く。 「大事なもの、なんだね」 「ああ。……まあ、こうなるまでに紆余曲折はあったんだけどな」 そういって笑う彼の、どこか懐かしむような目の色に、もやもやと苦い思いが渦巻いた。 わたしと出会う前の彼を知る誰かがいるという、それだけのことに、どうして傷ついたように感じてしまうんだろう。 「……ねえ、今、妙なことを考えてない?」 覗き込まれて、思わずのけぞった。辰也は笑って、わたしの眉間に指先を乗せる。しわが寄ってる、と言われて、慌てて空いた手で目元を覆えば、陰った世界の向こうで彼がくすくすと声を震わせるのが聞こえた。 「まだに話していないこと、色々あるな。オレもきっと、君について知らないことだらけなんだろうね」 額を覆っていた手を取られて、光を取り戻した視界いっぱいに、辰也のきれいな顔が広がっている。灰青色に見つめられ、身動きが取れない。 「楽しみだよ。オレたち、もっとたくさんのことを共有できるんだな」 それにね――。つないだ手を引き寄せて、そっと撫で、 「大事なものはいくつもあるけど、たった一つ、オレの特別なリングは、もうすぐここに収まるから。――予約、させてくれるよね?」 柔らかな熱が、指の一本に降り注いだ。それが自分のてのひらから伸びるものだと理解するまでに、瞬きすること数度。すべてを理解した瞬間、頬がかっと熱くなったのは無理からぬことだと言わせてほしい。辰也はと言えば、悪戯が成功した子供みたいな顔をしてわたしの百面相を眺めている。 「ふふっ。かわいいなあ、は」 辰也が笑う。それだけで、羞恥でいっぱいいっぱいだった体が暖かい何かで満ちていく。気付けば淀んだものはどこかに消え去っていた。彼には敵わない、それはきっと、いつまでたっても同じことなのだろう。 「ね、答えは?」と小首をかしげて見せる辰也に素直に頷いてやるのが少し癪で、わたしは身を乗り出してささやかな反撃を仕掛けてやった。
アニメ2期の氷室について、リングと一緒の描写が多いなあと感じた所から始まった短編です。 今回も氷室くんが勝手に動いてお話を進めてくれました。かしずくような仕草ではありますが、言っていることはご予約宣言というあたりが室ちんだと思っています。こだわり。 2013.10.10 夏月 |