「影山くん、今日誕生日なの?」

 オレの抱えていた真新しいサブバッグの由来を聞いた先輩が、目を真ん丸にして振りかえった。
 12月22日、夜6時。日は暮れて、明かりの少ない通学路には得体のしれない暗さが漂っている。年に一度の誕生日は、場所が地域のクラブから中学校に変わっただけで、今年もバレーに明け暮れて終わった。そのことに不満はない、むしろ一日ボールに触っていられて満足だ。けれど、先輩はそうは思っていないらしい。チェックし損ねてた、としょげかえるさまは、普段マネージャーとして部員の間を走り回っているのとはどこか雰囲気が違って見えた。

「気づけなくてごめんね、プレゼントとか何も用意がないや」
「別に……いいです、そんな祝うことでもないんで」
「ううん、わたしがお祝いしたいだけ。だから知らずにいたことが残念なの。……今日、なのかあ」

 じゅうにがつにじゅうににち、と先輩が呟く。オレの生まれた日を示すその言葉が、まるで何かの呪文のように聞こえた。

「なるほど、冬至生まれなんだ。いい日に生まれたねえ」
「……カボチャ好きなんですか?」
「ぶは、バレーか食欲か、影山くんてばわかりやすいなあ! カボチャは好きだけど、それが理由ではないよ」
「じゃあ、なんで」

 先輩が何を言いたいのか分からず、首を傾げた。
 一年で一番夜が長い日。冬至なんて、寒いし、暗いし、いいことなんかない、そういってからかわれたこともある。それで傷ついてやるような繊細さなど持ちあわせていないけれど、まるでオレ自身も同じなのだと言われているようで面白くなかったのは事実だ。
 昔、顔も覚えていない誰かから言われたことを口にすれば、先輩は「影山くん、あのね」と訳知り顔でオレを覗き込んできた。

「今日の夜が長い分、明日からは昼が伸びていくんだよ。冬至っていうのは、春に向けて動き出す合図なの。だから、昔の人は名前を付けて特別な日にしたのよ」

 一息でそう言って、歯を見せて笑う顔が、遠くの街灯の光をあびてぼんやりと浮かび上がる。たった一年の差だというのに、何となく、先輩が大人に見えた。
 オレのあごより低いところにある頭がふわりと上下する。跳ねるように飛び出した数歩先の地点で、右足を軸に半回転。おどけた仕草でオレと向き合った先輩の髪の毛から、何かの甘いにおいが漂ってきた。

「知ってる? カボチャって、お日様の色をしてるんだって!」

 冬の冴えた夜空を背景に、それはまるで絵のような。
 妙にきらきらと明るく見えた顔をそのまま見ていられなくて、視線は緩やかに足元へ降りる。終わりかけた誕生日の一日を、初めて惜しいと思った。










「……やま、影山? おーい、寝てんの?」

 目の前でひらひらと手を振られてはっとした。思わずはたき落してしまってから、それが部活の同級生のものだということに気づく。「いってぇ〜!」と大げさにリアクションをされて苛立ちを覚えた。

「あ? ンだよ日向」
「ボーっとしてたのそっちなのにこの言いぐさ……理不尽だ……」
「うるせーよ! 要件はなんだ、要件は!」
「怒るなよ! お昼のミーティング始まるのに見当たらないから呼びに来たんだろ!」

 マジか、と呟けばふんぞり返った日向が大きくうなずく。そうと聞いてしまっては文句を言うこともできず、大人しく席を立った。小さく舌打ちした音は耳に届かなかったのか、日向はオレの先を弾む足取りで歩き出す。部活だーと言いながら突き上げた両手をぶんぶんと回す後姿を、窓から差す光が照らした。
 オレの目線より低いあたりで、きらきらと眩しい色の頭が飛び跳ねている。

「……カボチャみてぇ」

 独り言はまだざわつきの残る廊下に吸い込まれて消える。昼下がりの校内に、いつかの景色が重なって見えた。吐いた息が白くなるような、冬の夜。青白い灯りに縁取られた先輩の笑顔はまだ記憶に残っている。
 どうしてか胸の奥がむず痒かった。いつまでたっても、あの人より大人になれない気がして、少しだけ、悔しい。









太陽をかじるの底





かげやまとびおめでとう

2013.12.22 夏月