ずいと詰め寄る勢いで、整った顔が目の前に迫る。視界の半分を覆う明るい色に、反射的に仰け反った。
 まばたきも減らして、じっと見つめてくる金の虹彩。その中に、面喰ったわたしの締りのない顔が映りこんでいる。

「ほんっとーに、やましいことはなかったんス! 信じて!!」
「はぁ、」

 わたしたちの間に温度差があるのは、彼が家に突撃してくるなり正座でかしこまった理由を十分に把握していないからだ。
 黄瀬くんの目を見れば、真摯に言葉を伝えてくれていることはわかる。けれど、わたしは内心首を傾げたまま、彼の弁解のラッシュに飲み込まれるばかりだった。







 きっかけは、昨夜届いた一通のメールだったのだと思う。
 世間が寝静まった真夜中過ぎ、研究に使う書類を作成し終えてそろそろ休もうかと思っていた頃、それはやってきた。
 深夜の静けさを切りさいたのは携帯電話の着信音。鳴り響いたのは彼専用に設定した曲だった。
 メール受信を知らせるランプが点いた機械の画面をのぞき込むと、常よりも圧倒的に短くて簡潔な文章が浮かび上がる。

さん 夜遅くにすいません! 仕事が長引いて終電逃しちゃって、女性のスタイリストさんのおうちに一晩泊まることになりました……オレのほかにも数人泊まります。変な間違いは絶っっ対にないんで、そこだけは信じて!!! 涼太』

 何の装飾もない、白黒の画面。いつもきらびやかなメッセージを送ってくる黄瀬くんにしては珍しい。
 三度読み返して、ふと浮かんだ疑問に、返事を打とうとした手が止まる。――黄瀬くん、どうしてこの話をわざわざわたしにメールしたのだろう。どちらかといえば、ご家族にこそ伝えるべき内容ではないだろうか。
 頭上に疑問符を浮かべつつ、言葉を選んで、文章を打ち込んでいく。

『わかりました。高校生が終電逃すまで外にいるというのはあまり感心しないけど、安全な場所で過ごせるならよかったです。ご家族も心配なさっていると思うから、きちんと大丈夫だって伝えて差し上げてね。一晩気をつけて、おやすみなさい』

 姉か母かと見紛う内容のメールを送信したのは、彼からの一報を受けてから20分後のこと。
 その晩のやりとりはそこで途絶えて、わたしは黄瀬くんの今夜に思いを馳せつつ床についた。

 そして翌朝。
 『今日おじゃましてもいいッスか?』というメールののち、部活帰りとおぼしき制服姿でやってきた彼が、息を切らしながら土下座する勢いで頭を下げ――状況は今に至る。







 誓って二度目はない、と訴えてくる黄瀬くんに手のひらを向けてストップをかける。理解が追いついていない頭をとんとんと指でたたき、ゆっくりと口を開いた。

「ごめん、整理させて。わたし、黄瀬くんがなにについて謝ってるのか、いまいちわかってないわ」
「……え、」

 ぽかんと呆けた彼に若干の申し訳なさを感じる。沈黙はしかし一瞬で、次のまたたきの間に復活した黄瀬くんは再びわたしの顔をのぞき込んできた。

「……俺、昨日外泊したんス」
「そうだね、メールもらったから知ってる」
「……女の人の家だったんスよ」
「うん、聞いた。ごはんはちゃんと食べられた? 夜は、よく眠れた?」
「え、あ、その辺は、大丈夫だったけど」
「そう、それならいいわ。それで、続きは」
「……なあんにも、感じない?」
「感じる? って、なにを」

 わたしの答えに、黄瀬くんは肺活量の限界に挑戦するがごとき長いため息をついた。ずるずると崩れていく彼の上半身に慌てて身を乗り出せば、それをとらえるかのように長い腕がわたしの腰に巻き付く。

「……さん、俺のことからかってるんスかぁ……」

 鳩尾のあたりにぐりぐりと頭を押しつけて、黄瀬くんがぼやく。振動が布越しに伝わってむずがゆかったけれど、それ以上に、彼の言葉の内容に驚いて、わたしは動きを止めた。
 バラバラのピースが組合わさって、一枚のつながりあるストーリーを描き出す。何度となく告げられた、彼からの好意の言葉が耳によみがえった。
――ああ、だから、彼は。

「からかってなんかいないけど、」

 込めた感情で声音が変わるのがわかった。艶やかな金糸に触れれば、柔らかい感触が指先をなでる。

「ヤキモチ焼く前に、心配になる。黄瀬くんのことを大事に思ってるから、なによりもまず元気でいてほしいって思うんだよ」
「……弟扱い?」
「幸男くんに対するのと近いものはあるかもしれない」

 従弟の名前を挙げての肯定に、黄瀬くんは唇をとがらせる。さん、ととがめるように名前を呼ばれ、わたしの背中をとらえる腕に力がこもった。

「俺が欲しいのはそういうのじゃないって、いつになったらわかってくれるんスか」

 真剣なトーンの声が間近から発せられる。熱をはらんだ向日葵色の瞳がまっすぐわたしをとらえていた。

「……それは、黄瀬君次第」

 この真剣な表情――コートの中にいるときのように迷いない瞳に、いつも心臓を高鳴らされていることを彼は知らない。
 それが育つか否か、それはわたしにだって予想できないことなのだ。

 手強いなあ、とぼやきながらのしかかってくる黄瀬くんの声が、小さな笑みを含んでいる。抱きしめるような形に腕の位置を変えた彼に体温を預けてみれば、予想外の心地よさが胸を満たした。
 いつかこのまぶしい色の虜になる日が来るのだろうかと考えて、それも悪くはない、なんて思ってしまったことは、まだ秘密にしておくつもりだ。






きみは男の子





黄瀬君のアピール奮闘記。特別触れてはいませんが、前から考えていた笠松従姉の女子大生ヒロインの設定を使っています。
なによりもタイトルつけるのに一番苦労しました。
2014.03.05 夏月