「誕生日に何が欲しい?」と聞かれたから、素直に彼女と言ったらはたかれた。
 追撃が来る前に、友達から始めるのでもいいとフォローを入れたら今度はグーで殴られた。




 黙ってさえいればと周りに惜しまれる整った顔が至近距離に迫る。

「うちの幼馴染はいささか暴力的すぎると思わないか笠松!」
「……いや、どう考えてもお前が悪いだろ」

 若干の呆れを交えて感想を述べれば、森山はぶうぶうと文句を垂れながらだらしなく机の天板に上半身を投げ出した。ちなみに机は俺のものだ。邪魔だという文句を込めて目の前にあるつむじにチョップを見舞ってやると、顎を打ったらしく「ぐぇ、」と短い悲鳴が聞こえた。
 誕生日直前の森山が挙動不審になるのは毎年のことだ。バレンタインと一続きになった自身の生まれた日が近づくにつれ、やれチョコが欲しいだの女子にモテたいだのあさましくも痛切な咆哮をあげて、そわそわと落ち着かない素振りを見せる。そして結局、それらすべてが破れて15日に意気消沈した森山の姿が目撃されるというのもいつもの展開なのだ。

「笠松まで酷い、俺は大変傷ついた」
「アホか。んなくだらないことで人の机を占拠するな」
「アホとはなんだ、アホとは! 笠松に2月13日に生まれた男の悲哀がわかるのか!?」
「わからねぇし、わかりたいとも思ってねえよ!!」

 さっさと机を明け渡せ、と二度目右手を掲げれば、森山は慌てて脳天をカバーして飛びのいた。漸く取り返した天板の上に数学の教科書とノートを並べる。頭上から降る、ぶつくさ言う声は半分以上スルーした。

「だってな笠松、この数年間、誕生日のプレゼントはからの一日早い義理チョコだけなんだぞ! 高校生活最後までそれじゃ悲しすぎる! 俺は可愛い女の子から誕生日プレゼントもしくはバレンタインチョコを別個にもらいたいんだ!!」

 ――コイツは普段、女子からの黄色い声と視線を独占する黄瀬に向かってずるいずるいと文句ばかり言っているが、連戦連敗のナンパ記録の皮をはがせば、自分が他人から同じように思われるほど恵まれた環境にいることに果たして気づいているのだろうか。
 女性関係には人一倍疎い自覚を持っている俺でも、『幼馴染の女子から毎年欠かさず祝ってもらえる』という状況を、歯噛みしてうらやむ男が少なからずいるだろうことはわかる。
 見知らぬ女性には惜しみなく好意を振りまく癖に、自分に向けられた厚意には頓着しない――どう考えたって森山に非があるじゃないか。
 この男を見捨てることなく、誕生日を祝おうとしているの懐の深さは称賛に値するだろう。

「よし、森山、お前もう3発くらいに殴られて来い」
「なにそれ、どういう話の流れ?!」
「うるせえ、なんなら俺が代わりに一発いれんぞ」

 拳を固めて、わめく森山を睨め上げる。いつでもパンチを繰り出せる位置にある俺の右手を見て仰け反りながら、やつは「だって、」なおも弁解を続けた。

「誕生日で義理だからって前置きされちゃ、いつまでたってもちゃんとうけとれないだろう!」

 がプレゼントをくれる意味を教えてくれるなら、俺の願いはそれで叶うんだ。

 聞いているこっちが照れるようなことをきっぱり言い切る眼に迷いの色はない。俺はすっかり脱力して、先ほどの彼のように体を投げ出して机に突っ伏した。
 天井近くのスピーカーから予鈴が鳴り響き、クラスの違う森山は「やばい、次の授業の準備終わってない」と慌てた様子で走り出す。顔を上げることなく足音が教室を出ていくのを聞きながら、俺は深いため息をついた。

 ――頼むから、とっとと収まるところに収まってくれ。それが、お騒がせ幼馴染の二人に振り回された今の俺の切なる願いである。









バレンタイン・イブの災難





森山さんお誕生日おめでとう。
バレンタイン前日というのは実に彼に会った生まれの日だと思います。
2014.02.13 夏月