高尾くんの言葉は魔法みたい、と言って笑う女の子に恋をした。 「なあ、好きだよ、」 ふとしたときに沸き上がる想いが、そのまま舌の上をすべる。意図するより先に動く口は、自分では制御しがたいものだった。 そんなとき、彼女は決まって視線を逸らし、前髪の向こうに隠れてしまう。 それが照れの仕草だと思っていたのは、恋人ができたことに浮かれていた短い間の話だ。 見慣れた速度でゆるゆると下がっていく頭は、完全につむじをこちらに見せる高さにある。 ぎゅっとつぶった両目と、胸の前で組まれた両手は、何かに耐えているかのようで、俺の思いこみがどれほどお気楽な勘違いかを思い知らされた。 「」 名前を呼んで促せば、不安げにゆがんだ表情がおずおずとこちらを向いた。 「俺が一緒にいると、苦しい?」 自分で吐いた言葉に串刺しにされながら、意識して笑みを形作る。これで彼女に頷かれたら、立ち直るまでにどれだけかかるんだろうなあ、と他人事みたいに考えた。 そんなこと、とつぶやく彼女の声が震えている。今にも泣きそうだと思ったのと同時、大粒の滴が頬を滑り落ちていく。 一度崩れた堰は簡単には戻らない。ガラス玉のような目からあふれた涙は、すべやかな肌にいく筋もの痕を残す。 「ちがうの、悪いのはわたしなの」 好きだと言ってもらう度、それがかなわなくなる日が来るんじゃないかって、こわくて仕方がないの。 大好きなのに、高尾君、ごめんなさい。 しゃくりあげる彼女の声が胸に痛かった。泣かせたいわけじゃない、謝らせたいわけじゃない。叫びは喉元までせり上がってきて、けれど、一つも音にはできなかった。 なにを言っても弁解にしかならない。が泣いているのは、俺のせいだ。 リンゴンと、あたまの中で12時を告げる鐘が鳴る。 高尾君の言葉は魔法みたい。 かつてそう言って笑った彼女が、いつか魔法が解けてしまうのがこわいと泣いている。 馬鹿みたいだ、考えればすぐにわかるのに。 魔法使いがお姫様と結ばれたおとぎ話なんてどこにもない。そばにいられるのは彼女が王子様と出会うまでで、役目を終えれば誰にも気づかれないまま物語から退場する。なんともあわれな役回りだ。お姫様を好いてもいなければあんなにきれいに飾りたてることなどしないだろうに、結局彼女は魔法使いの元には戻ってこないのだから。 俺がを送り出す先はどこの城なのだろう。誰の手元に残すために、彼女にガラスの靴を履かせるのだろう。 見知らぬ王子様を思い描き、むかむかと灼ける胸をかきむしる。遠くない先に待つ別れの気配が、確かな質量を持って腹の底に沈んでいた。
ツイッター上でみかけた、曲タイトルをテーマにお話を書く、という企画アイデアに触発されて。 曲は実際聞いたことがなかったのですが、あえてそのままの状態で書きました。 title song: それを魔法と呼ぶのなら/GRAPEVINE 2014.05.31 夏月 |