何だか面白くない。

月島蛍はちらりと目線を横に走らせた。
188センチの彼より頭一つ分以上低いところで、俯けた顔に合わせて髪がさらりと揺れる。
シャープペンの蓋を唇に押し当て、一心に手元を見つめる瞳がこちらに向く気配はなく、その集中ぶりに彼は深い溜息をついた。
その音に反応し、ようやく隣に座る人物が顔を上げる。まっすぐにこちらを見上げ、小首を傾げる姿は、明らかに彼の意図を理解していなかった。

「月島君?どうしたの」
「…先輩、状況わかってますか」
「状況…。ええと、中間試験が近いから、テスト勉強中だよね?」

眉根を寄せて不思議そうに返されて、月島の口から再び溜息がこぼれる。すると、彼女は急にハッとした表情になると、閃いたとばかりに手を打った。

「あ、もしかしてわからないところがあった?気付かなくてごめん、私にわかるとこだったら教えようか」
「…俺に溜息を吐かせる遊びか何かですか」
「え、違う?」

何度目とも知れない嘆息とともに片目を眇めた月島に、相手の少女はきょとんと目を丸くする。

「先輩、成績はいいですけどバカだって言われませんか」
「…月島君にまで飛雄と同じこと言われるとは、ちょっと不覚だわ…」
「…何でそこで王様なんだよ」

名前を聞いて、月島にとってはいけ好かない切れ長の目がよぎる。それが目の前の少女のよく似た瞳と重なって、彼は眼鏡の向こうで苦々しく顔をしかめた。
急に不機嫌になった月島の様子を何ととったのか、彼女は苦笑とともに身を乗り出して、柔らかな金髪に手を伸ばす。

「なんか嫌なことでもあった?言ってごらん、私で良ければ聞くからさ」
「…そういうの」

撫ぜられていた手首を掴んで、力任せに引き寄せる。鼻先が触れそうな距離で、黒い瞳が真円に見開かれていた。ちらちらと陰る気に入らない男の気配に苛立ちが募る。

「年上の余裕?ムカつくんだよ。僕はあんたの弟じゃない」
「月島くん?そりゃあ、飛雄と君とは違…」
「僕の前で王様の名前を出すな」

言って、噛みつくように唇を合わせる。突然のことに身を捩って逃れようとする少女の首筋を掴んで押さえ、月島は半ば強引に口付けを続行した。
苦しそうな声が彼女の細い咽の奥から漏れるほど、嗜虐心があおられる。わざとリズムを崩して呼吸を奪ってやると、彼のYシャツの胸元を掴む指に力が入った。
ちらりと見やると、きつく閉じた眦に滴がにじんでいる。
苦しさから肩を震わす小さな姿に、さすがにやりすぎたかと月島はゆっくり身を引いた。
自由になった途端支えを失った体を彼に預け、少女は嗚咽混じりの荒い呼吸を繰り返す。
くったりと力の抜けたその背に腕を回して膝の上に抱え上げ、あやすように撫でる。ぺろりと唇をなめると、移されたリップクリームの甘い味が鼻腔を擽った。嫌いな類のものではない。

「…苦しい、でしょうがっ」
「…僕は別に」

目元を真っ赤にして睨み上げられても、怖いとは思わない。口角を軽く上げて返すと、腕の中の少女がむっとしたのがわかる。挑発を受けて時に簡単にむきになるところは、彼女の見せる幼い一面だ。出し抜いたような優越感で、月島は笑みを深めた。
動けるだけの元気が出てきたのか、膝の上で少女が起きあがる。腰を浮かせて同じ高さで目線を合わせた彼女の行動が読めず、月島は制止することなく成り行きを見守る。
その油断が、一瞬の隙になった。
眼鏡を奪われたと思った時には彼女の顔が間近にある。逃れようにもしがみつかれては動くことさえかなわず、覚えのある甘さが彼の唇を食んだ。
熱が触れたところから、じんと痺れて思考が鈍る。血液が行き先も定まらないまま体中を駆けていくような感覚に、月島は焦りを覚えて必死にあらがった。
ようやく小さな肩を掴んで引き剥がす。矯正されない視界でも、目の前の少女の顔が茹で蛸のようになっているのは容易に見て取れた。

「…なに?」

突然の行動に疑問を呈するのは当然だった。仕返しだと言われれば先に仕掛けた月島にも非はあるが、どちらかというと理性をつなげたことを褒めてほしいところである。
相変わらず自覚に乏しいのか、と少し腹立たしくすらあった彼の耳に、拗ねたような小さな声が届く。

「…状況くらい、ちゃんとわかってるわよ」
「は?」
「い、意識しない訳がないでしょ、好きな人と二人なんて!でもそんなの、感づかれる訳にいかないじゃない…私の方が、年上なんだもの」

言いながら泣きそうになっている。もしや、これが最初の疑問に対する答えなのかと気付いたら、月島の体から力が抜けた。

「だから必死で教科書見てて、ようやく集中してきたところだったのに蛍くんは意地悪なことするし、もう、腹立つやら恥ずかしいやら…!」
「ちょっと、ストップ、聞いてるこっちが恥ずかしい」

混乱してきたらしく捲し立てている少女の体を抱き込んで黙らせる。シャツの肩口に押しつけた顔が痛いのか、拳が月島の厚いとは言いがたい胸板を叩くが、彼は手を弛めない。
当たり前だ。こんな赤い顔を、彼女に見られてなるものか。
ちくりちくりと胸を刺すむず痒さが沁みるように全身に広がって、ポーカーフェイスを保てない。
その感情に名前を付けることもまだできない月島は、意固地になって少女の顔を上げさせないように押さえていた。

「け、蛍くん!だから苦しいってば!!」
「…ほんと、反則」

無性に彼女の名前を呼びたくなった、その思いの輪郭を少年が掴むのは、もう少しだけ先の話。



誕生日に仕上げるつもりが大遅刻。09/27おめでとうツッキー!!
ハイキュー!!で初の個人夢。探り探り書いていたので誰だこれ、という感じになってしまいました。ツッキー難しい…。
だいぶいちゃいちゃしていて書いてるこっちが恥ずかしいわ!と何度か突っ込みたくなりましたがどうにか完成してよかったです。
影山姉の設定を引きずったのは完全に私の趣味です…影山姉のifエンディング、実は月島が今一番気に入っていたりします。
大分好き勝手やってしまいましたが、がっつりと個人フィーチャーで夢を書くのは久しぶりで楽しかったです。また単発のお話やってみたいな。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

夏月