校舎の外の石段に腰かけた学ランの背中が、今日も丸まっていた。
男にしては長めの髪が風に舞う。
いつみても腹が立つくらいサラサラの髪の毛だ。トリートメントに何を使っているのか聞きたくなる。腹が立つから実際にはたずねないけれど。
近づいてみると、手の中に紙パックのジュースが握られているのが見える。高校生男子が飲むにはずいぶん可愛らしい味だなとパッケージの桃を眺めて思った。

「何をたそがれているのかね、青少年」

許可を取ることなく隣に座りこむ。彼は長い前髪の間から一瞬こちらを見やって、すぐに目線を前に戻した。
それをたどって顔を動かせば、視界に映るのは体格のいい長身と、その周りをちょこまかとうろつく坊主頭。
いつみても楽しそうな二人の様子に、私が「今日も平和だなあ」とつぶやくと、隣で男が薄く笑った気配を感じた。

「若々しくていいよな、あいつら」
「若本も同い年でしょうが。青春ただなかの男子高校生が何辛気臭いこと言ってるの」
「……そういう年寄り臭いことをいうやつが同い年って言うんだから余計信じられねえんだけど」
「ほう、そんなに鼻からジュースを飲みたいのかね若本君」

睨みつけてやったら、若本は得も言われぬ表情でこちらを見ていた。呆れというか憐みというか、とりあえず女子に向ける目ではない。
まあ、若本に女子扱いされたら逆にこちらも困ってしまうから、別に構わないのだが。

「……お前は本当に性別を感じさせないな」
「褒められても何もあげられないよ」
「安心しろ、褒めてない」

空を仰いだ若本が、ストローをかみつぶして紙パックをぶらぶらと遊ばせる。手で持とうとしないあたり、もう飲み干しているらしい。

「……若本は、本当にあの二人が大好きだよねえ」

思わず漏らした言葉は、私の心からの感想だ。


若本の人より細い眼は、人より深く世界を見つめている。
その視線が何よりも時間を割いて注がれるのが、櫻井君と関君、彼の親友二人だった。
それで彼らを茶化したり、支えたり。傍目に見てもいいトリオだなと思う。


ずっと感じていたことだったけれど、口に出したのは初めてだ。どんな反応が返ってくるのか気になって、ちらりと視線を彼に向ける。

「……まあ、な」


若本の人より細い眼は、人より深く世界を見つめている。
そして、その眼は稀に――本当にふとした機会に、雄弁に自身の感情を語るのだ。
優しく細められた瞳をこっそり眺めるのが私の幸せで。
お互いに異性だと思っていない相手を、誰よりも愛おしく感じたりするのだから、人間よくわからない。


きょろきょろとあたりを見回していた関君が、こちらに目を止めて歩き出す。背後には引きずられた櫻井君も一緒だ。関君に限らず、彼はよくいろんな人に振り回されているような気がする。

「なー若本、聞いてくれよ!こいつがさあ……って、ごめん、邪魔した?」

植え込みの陰になっていたのか、彼らに私の姿は見えていなかったらしい。一人だと思っていた友人の隣に第三者がいることに近づいてようやく気付いた二人は、目を丸くして足を止めた。
ころあいだ。スカートのすそをはたいて立ち上がる。
悪友の観察時間はもう終わり。若本を親友のもとへ返してやらねばならない。

「大丈夫だよ、関君、櫻井君。私もう行くから、若本をよろしく」
「ごめん、二人話してたのに……」
「いいの、ただの世間話だし。それに、私今先生に呼ばれてるからさ」
「……呼び出されてるなら、最初からこんなところで油売ってんなよ……」

呆れたように言う若本の声には、若干の嘲笑がにじんでいる。睨みつけてやったら、ジュースを飲むふりをして目線を逸らされた。
若本の鼻にストロー突っ込んでいいよ、とわけのわからない許可をぽかんとした表情の関君と櫻井君に与えて、私は勢いよく踵を返す。
一度背中を向けたなら、振り返らないのが二人の慣例だ。
そうして、彼の視界に入らなくなったところで、その眼がまぶしそうに細められるのをこっそりと眺めるのが、私の日常。
名前を付けようとも思わない、ささやかで暖かな楽しみである。

「――ようやく見つけたぞ、おい、!」

いきなり呼ばれて動きが固まる。
恐る恐る振り返れば、ご立腹らしい数学教師が大股でこちらへやってくるところだった。

(うへぇ、見つかった…どうにか逃げ果せようと思ってたのに)

短気で理不尽な怒り方をすると評判の先生は、これでもかというほど眉を吊り上げていた。これはお説教時間倍増の気配だ。私は心の中でため息をついた。

先生に呼ばれているという言葉は、実は嘘ではなかったのである。






「……なー、若本、本当にさんと付き合ってないの?」
「……逆に聞きたい、数いる女子の中から、よりによってなんであいつと付き合わなきゃいけないんだ」
「だって、二人すっごく仲いいじゃん」
「それは、俺があいつを女だと思ってないから」
「えー……お似合いだと思うけどなあ」

ぶうぶうと唇を尖らせる関に口元が緩むのを感じた。
むくむくと湧き上がってきた感情を、きっと悪戯心と呼ぶのだろう。ならこの気持ちを分かってくれるだろうなという考えが頭をよぎった。

「……まあ、10年後にはあいつと結婚してそうな気もするけど」

俺の投下した爆弾に、関と櫻井が間抜け面を晒して制止した。
にやり、と唇の端がつりあげる。

「は、え、けっこ、はああ?!」
「さて、飲み終わったしゴミでも捨ててくるかー」
「ちょ、若本お前……あっこら逃げるなあっ!!」





突発的に書いてみた若本君夢。…夢、と呼んでいいのかどうかという代物になってしまいましたが…。
単行本未発売で手元に資料が少ないので、きっと登場人物全員偽物ですが、ここ数日の脳内若本祭りで生まれた萌えの片鱗を形にできたので満足です。
彼の悪友になってボケたりツッコんだり、たまに叱られたりしたいです。等身大の高校生な若本君可愛い。
今後も彼の活躍(暗躍?)が見れることを願っています。頑張れクロスマネジ。

2012.12.12 夏月