弱虫ペダル

『流れる季節』×手嶋純太



 春だなあ、と実感するにはまだ空気は冷たい。
 それでも、日の当たる場所にいれば少しは和らぐようになってきたのだから、季節は着実に進んでいるのだろう。

 いっぱいになったエコバッグを提げて家に帰ると、写真になりそうなその光景があった。

「あー、あったけ」

 薄いレースのカーテンの上から窓ガラスに背を預けて、瞼を下した純太がしみじみと呟く。緩い曲線を描く黒髪は光に照らされて色を変えた。
 ふいに顔を上げた彼が視線でわたしをとらえる。「、」と声を紡いで小さく笑った。
 手招きされて、バッグを手に窓辺に近寄る。純太は自然な手つきで荷物を受け取って脇へ押しやり、そのままわたしを抱きしめた。
 床に腰を下ろし、膝の間に抱えられるようなかたちになる。誘導されて頭を預ければ、どれだけここにいたのか、彼の肩はぽかぽかと温かった。黒髪の毛先が頬に当たってくすぐったい。

「もう、買ったもの、しまわなきゃなのに」
「あとでいいだろ、この気温じゃそうそう傷まないだろうし」
「まったく。ちゃんと手伝ってよね、純太」
「あーうん、手伝う手伝う」

 おざなりな返事に苦笑が漏れる。仕方ないなあ、とおどけて口に出しシャツの背中を掴むと、くすくすと笑い声をあげた純太が子犬のように顔をすりよせてきた。

「あー、ほんとにあったけえ」

 耳元で聞こえた声がジワリと全身に沁みていく。少しずつ長くなってきた昼間の温度に包まれて、わたしはそっと目を閉じた。


Update 2014.03.10
手嶋さんと彼女の日向ぼっこ。
彼は窓辺の暖かさを大事にできる男の人だと思っています。